執筆

実験動物感染症の診断

伊藤豊志雄

実験動物感染症の診断

 実験遂行が困難になる、実験成績の再現性が確保できないといった動物実験に障害となる原因の一つに感染症があります。今回は臨床症状を伴うような感染症の診断方法について紹介します。しかし、感染症の診断方法につきましては個々の検査方法あるいは検査手順は教科書に記載されています。それをここで繰り返しても意味が無いので、実験小動物、特にマウスやラットの感染症診断の実際を、家畜やペットの感染症診断との違いを強調しつつ、紹介していきます。

I 感染症
1. 感染症の成立

 感染症は感染源、感受性宿主、感染経路の3つがそろって成立します。すなわち、感染源となる病原体が感染経路にのって感受性宿主までたどり着き、定着・増殖し、その結果、宿主に引き起こされた異常が感染症ということになります。

感染源:
 感染源となる病原体はウイルス、リケッチア、細菌、真菌、寄生虫と多様です。
=種特異性= ご存知のように、病原体は感染する感受性宿主の範囲 (宿主域) が限定されることがよくあります。それぞれの動物種固有の感染症があるということです。一方、一部の病原体は特定の動物種 (マウスやラット) だけでなくヒトにも感染発病させる場合があり、これは人獣共通伝染病の病原体と呼ばれ、マウスやラットにおける人獣共通病原体として重要なものに、リンパ球性脈絡髄膜炎ウイルス、ハンタウイルスやサルモネラなどがあります。
=病原性= それぞれの病原体について複数の株が分離されると、株によって病原性の違いが見出されることが良くあります。その代表例として、この分野で有名なマウス肝炎ウイルス (MHV) を挙げることができます。このウイルスは多くの分離株が知られており、その中にはマウスに致死的な病原性が強いものから、感染したマウスの殆どがなんら症状を示さない病原性が極めて弱い株まであります。また、これは病原性とは直接関係ありませんが、一般的に病原体の摂取量が多いと宿主は症状が強く発現する傾向があります。
感受性宿主:
 ここでの感受性宿主とは病原体が感染する実験動物を指します。病原体のところで申しましたが、感受性の種差があるということです。たとえば、先のMHVはマウスに感染しますがラットには感染しません。一方、MHVに近縁な唾液腺涙腺炎ウイルスはラットに感染しますがマウスには感染しません。同じ動物種であっても系統によって、感染抵抗性が異なることは良く知られています。これはその一例として、センダイウイルスに対する感受性のマウス系統差を示しました。センダイウイルスのLD50値が、系統によって大きく異なることが示されています。ES細胞の供給源として良く使われている129系統は高感受性で、10個以下のセンダイウイルスの投与で大半が死ぬのに対し、抵抗性系統であるSJLは1万個の感染性ウイルスを投与されても死なないということを示しています。病原体に対する感受性は系統差以外に、年齢、基礎疾患の有無等も関与してきます。一般的に、幼弱や老齢動物、ストレスを受けている動物、先天的後天的を問わず免疫不全動物は感受性が高いといった傾向があることはご存知のごとくであります。
感染経路:
 感染経路としては経口、経気道、接触、といった水平感染、あるいは妊娠・保育期間中での母から子への感染など垂直感染などとこれも多様です。最近ではSARSの感染経路で飛沫とエアロゾルの違いが問題になったことは耳新しいところです。実験動物の特徴として、隔離飼育するという原則に忠実、すなわち、外界の他動物種との接触を絶つように維持されていれば、媒介動物を介した伝播は無いはずです。よって、寄生虫感染の多くは可能性として排除されます。しかし、一方では実験動物に固有の感染経路として投与材料の中に病原体が混入するということもしばしば経験されることです。よく知られている例としてはマウス腫瘍株への乳酸脱水素酵素 (LDH) ウイルス汚染、汚染マウス血清で維持された培養細胞を移植されたマウスでのエクトロメリアウイルス感染、我々の経験では免疫不全マウス継代ヒト腫瘍へのマウス肝炎ウイルス、マイコプラズマ・プルモニス、あるいはヘリコバクター・ヘパティカス汚染事故事例などがあります。
2. 症状
顕性感染と不顕性感染:
 発病するということはどのようなことなのでしょうか。病原体自身の働きによって宿主組織が破壊されたり機能不全に陥るだけでなく、宿主側の免疫反応による二次的な組織破壊やアレルギー反応も起こり症状はさらに悪化します。病原体に対する免疫反応は短期的に見れば必ずしも宿主に防御的にのみ働くわけではないのであります。このような組織破壊や宿主の免疫反応によって発熱、腫脹、出血、疼痛、食欲の減退や摂食機能障害などによる体重減少や削痩、あるいは運動量の低下といった目に見えるような臨床症状が出る場合を発症、あるいは顕性感染と呼びます。当然、組織破壊が極めて軽度で、免疫反応も軽微であれば、臨床症状が認められず肉眼的に異常として認識されないような感染も存在するわけで、不顕性感染と呼ばれています。しかし、この不顕性感染であっても生体は病原体の増殖を抑制し、あるいは排除するために病原体に十分反応しているのであって、たとえ症状として異常は見出されなくても、炎症性サイトカインや臨床生化学値等を詳細に調べれば感染前と大きく変動していることが判ります。

Host-parasite relationship:
 以上示しましたように、宿主や病原体と一口にいってもそれぞれ一様ではありません。たとえば、同じマウス系統であっても週齢や実験処置の有無によって感受性は大きく異なるし、同じ名の病原体であっても感染量の違いや株の違いによっては病原性発現が大きく異なることもあります。昔の研究者は感染症を“二重の生物学”と喝破されました。症状、特にその病状はこのHost-parasite relationshipによって多様化し、あるものは顕性感染、あるものは不顕性感染となります。よって、感染事故が起こった場合、その状況は施設毎また個体毎に異なり、教科書に記載されている如くの定型的な経過を必ずしもたどるわけではないことも念頭に置くべきであります。
3. 経過

 宿主と病原体との関係によっては、病気の経過が明確に異なるものがあります。たとえば、ヒトのインフルエンザウイルス感染について見ますと、成人では感染後数日から発熱・発咳など症状が出、それが数日間持続した後に回復します。一方、結核は感染後発病するまでに時間がかかり、かつ完全に治るまでに数年を要し、場合によっては一生病原体を持ち続けるようになります。前者の経過を急性感染、後者を持続感染と呼びます。以下に、これら経過の違いによる宿主における病変、病原体ならびに病原体に対し宿主が産生する抗体の推移を例示します。急性顕性感染の場合は、感染後病原体が急速に増殖、その後症状が認められます。感染直後から動き出した免疫系がその効果を発揮しだすのは感染後数日以降で、その効果によって病原体数は急速に減少、症状も快方に向かいます。回復した時点で抗体も検出されるようになり、再感染に対し、免疫を獲得するということになります。一方、持続感染においては免疫系の活動によっても病原体数がゼロにならず、体内に残存し続けます。その際には、病原体によっては、疲れやストレスなど宿主の感染防御能の低下によって病原体数が増加し、症状が再発する潜伏感染、あるいは感染後長い時間をかけて発症に至る遅発感染など幾つかの様式に分けられます。

II 診断方法ならびに問題点

 感染症診断には、病原体を分離、検出、その特異的部位の検出といった特異的方法と、直接病原体を検出することなく、症状や病理組織学的検査によって、特定の疾病に特徴的な臨床所見や病変を見出す非特異的方法とがあります。

1. 特異的方法
診断のための微生物検査方法
 感染症診断の特異的方法としては、発病動物の病巣部などから材料を採取し、そこから病原体そのものあるいは病原体を特定できる部分を検出する直接的な方法と、血清を材料とし感染の結果生体内で産生された抗体を検出することによって感染を間接的に検出する方法とがあります。直接的な方法の中には、人工培地や培養細胞などを用いた培養によって病原体を分離、あるいは寄生虫検査などのように顕微鏡下病原体を検出する方法と、それぞれの病原体に特異的な抗原や核酸配列を検出する方法とがあります。まず細菌の分離ですが、細菌の同定については、人では検査キットを用いた菌同定システムが充実しています。しかし、実験動物の検査対象となる細菌は、これら市販キットでも同定可能なものもありますが、それらの多くはマイナーな項目であり、必ずしも全幅の信頼を寄せて使用できないことがあるというのが現状です。抗原検出方法としては病巣部材料の塗抹標本や病理組織標本などに抗血清を反応させる免疫染色が一般的です。細菌やウイルスの同定あるいは免疫染色についてはそれぞれの抗血清の準備が不可欠で、それらをあらかじめ準備しておかねばなりません。核酸検出方法としては病巣部や糞便などの材料から核酸を抽出し、それに病原体毎に特異的なプライマーを反応させ、特異的核酸の増幅の有無を調べるPolymerase Chain Reaction (PCR) 法が常用されています。本法は、経費はかかるが、短時間で結果が得られ、病原体を増やすことなく検査ができ、さらに感度と特異性に優れているという理由によって、需要が高まっています。しかし、本法でも偽陽性反応の出ることが経験されています。ハイブリダイゼーションやシークエンシングといった確認検査をあらかじめ準備しておく必要があります。さらに、これら直接的な方法に共通した問題として、病原体が体内から減少あるいは消失する感染後期では診断に無効となることがあります。特に急性感染の経過をたどる感染症においては、回復期の個体では病原体が体内から消失していることがあるため、注意が必要です。一般的には、感染性病原体、その抗原、核酸の順で検出されなくなっていきます。一方、抗体検査は、それぞれの病原体に対応した抗原を準備すれば、血清という一つの材料で検査ができ、さらに現在では一部の病原体については抗体検査キットも入手可能であり、病原体を増やすことなく微生物検査ができるという利点もあります。しかし、抗体検査ではすでに説明しましたように、感染後血清中に抗体が検出されるまでに1週間以上の時間がかかることから、感染初期であって今まさに発病している個体では、産生された抗体量が検出限界以下で、陽性反応を示さないということがあります。感染症の診断に抗体検査があまり採用されない理由はここにあるわけです。また、抗体検査法には多くの方法があり、それぞれ感度と特異性が異なります。それぞれの方法の感度や特異性を十分に把握した上で検査方法を選択しなくてはなりません。最近では、ELISA法や間接蛍光抗体法が常用されています。なお、血清反応においても偽陽性反応が見出されることがあります。複数の検査手技を準備し、陽性検体については別方法による確認検査システムをあらかじめ準備しておく必要があります。
2. 非特異的方法

 特徴的な症状や病変から、あるいは血清生化学値などの特徴的なマーカーの変動からの診断が可能な場合もあります。昔から特異性炎と呼ばれる病理組織学的検索による特異的病像の検出、あるいは血液血清生化学値の特異的な変動を調べる方法があります。マウスでの乳酸脱水素酵素量の増加によるLDHウイルスの診断などがこの方法ということになります。

III 診断の実際
異常動物を発見した時の対応
 何らかの臨床症状を示している動物を前にした場合、どのような対応をしなければならないのか? この時点では異常の原因が感染であるのか否かも明らかでありません。まずは発病個体で認められた症状の正確な記述ならびに集団としての異常発生状況の把握が必要です。個体や集団の状況把握の要点は以下のごとくです。
1. 状況の把握
異常個体の記述の要点:
 どのような異常 (症状) が何時、何処で、どのような動物 (種、系統、Age、性、実験処置、飼育状況など) 見られたか? さらにその後の経過はいかがであったか?
集団としての情報収集:
 集団としての異常発生状況については、上記の個体の情報に加え、動物施設、動物室、実験群、飼育ラック、ケージ別に、動物導入後の日数、などについて情報を集め、整理します。特に、異常発生1ヶ月以内の動物の動き (外部からの動物の導入) や実験処置に注意してください。実験処置がなされているものについては実験内容も聴取する必要があります。個体の病状と集団としての異常発生状況から、その異常原因が推察されることが多くあります。これら成績から感染が疑われた場合、感染症の確定診断へと作業が進められます。
診断検査実施前の注意事項:
 実験動物に何か異常 (病気) が見出されると、その原因を感染に求めるという一般的な傾向が認められます。動物は様々な原因によって病気になります。たとえば遺伝子の異常に起因する病気、温湿度など飼育環境の変化や飼料や飲水の変質や化学物質などの混入などに起因する病気、咬傷など同居動物によって引き起こされる異常、水切れなどといった動物管理上のミス、さらには実験処置などです。我々の経験でも、異常有りとして検査のために持ち込まれた動物を診ると、腫瘍、ストレスに起因する異常、同居動物による咬傷や毛抜き、飼育ミスなどが多く、感染症は動物の異常原因の一部でしかありません。ちなみにマウス・ラットで多い稟告とその原因を挙げてみますと、急死は水切れ、脱毛は同居動物による毛抜きや生理的換毛、ラットの紅涙は輸送ストレスやまれな例ではありますが給餌失技による鼻骨折などでありました。
2. 異常個体診断検査の実際

 症状やその発生状況から感染症が疑われる症例の診断にあたっては、病原体毎の病気の特徴から推定される病原体に囚われることなく、広範な可能性を考慮した上で、それぞれの検査方法の長所短所を十分に理解し、病原体の分離あるいは抗原や核酸の検出、場合によっては抗体検査といった複数の検査方法を組み合わせ実施することが肝要です。異常個体についてはまず運動性を含めた外観の観察と剖検成績を記述します。記述にあたっては病理学的知識が必要で、できれば病変を絵に描いたり、写真に取っておくことを薦めます。剖検にあたっては、万が一の病原体の拡散防止と検査材料採取を念頭に置き、専用の剖検室で雑菌の混入を防止しながら作業する必要があります。剖検には動物の正常状態や解剖学的特性などを熟知した者があたるべきです。剖検時に血液を採取、後で述べる抗体検査に供したり、血液・血清性状検査に供します。異常個体が死亡していた場合には同居あるいは近傍で飼育されている動物から採血します。異常臓器については病原体分離や検出ならびに病理組織学的検索を目的とした材料を採取します。病原体分離ですが、化膿巣のように異常原因として細菌感染が推察された場合には、異常臓器割面の捺印か拭き取り材料を培地に接種、さらにスライドグラスに塗抹します。使用する培地は、推定される病原体の選択分離培地と血液寒天培地のような非選択培地を併用します。材料が塗抹されたスライドグラスはギムザ染色とグラム染色し、顕微鏡下観察します。原因の推定ができない場合も、後で病原体分離に使えるように、採取した異常臓器を密閉容器に入れ凍結保存します。保存温度ですが、微生物によっては-20℃では感染性を消失することがあるため、‐70℃以下の温度を薦めます。当然、この材料採取にあたっては周囲環境からの微生物の混入が無いように無菌操作に心がけることは当然です。診断や類症鑑別あるいは病変の記載のためには病理組織学的検査も不可欠です。病理組織学的検索のためには、異常臓器と一見異常の認められない臓器についても主要臓器ぐらいは採取、適切に切り出し、10%フォルマリン液に入れ固定しておきます。病原体の検査によって必ずしも原因が特定されるとは限りません。この病理組織学的検索をしておけば、抗原検査や核酸検査も可能ですし、病像からその異常が感染に起因するものか否かの推察ができる場合があります。当然、その後の対応・対策に大いに役立つわけです。

IV. 対応の実際

 汚染微生物と施設によって、対応は多様です。

病原体:
 病原体側を見ると、我々は病原体を5つのカテゴリーに分けて考えることを提唱しております。すなわち、人畜共通病原体、動物に対する病原性の強い微生物、病原性が強くなく動物に致死的に働かないが生理状態を変化させる微生物、さらに病原性が弱い日和見病原体、そして非病原性だがSPF動物では汚染が認められない微生物です。前2者は、可及的速やかな対応が望まれます。それ以下の病原体では、施設によって対応が異なるということになります。
施設:
 動物生産施設と動物実験施設に分けられます。SPF生産施設ではSPが陽性となった時点で施設の閉鎖とクリーニングが行なわれることになります。実験施設では、実験目的、使用動物 (免疫不全動物の使用など) 、施設のハード面の充実度、さらにソフト面の充実度などによって対応は多様です。基本は、その施設が病原体の拡散を防止できるか否かにかかっております。
V. 診断検査実例

 以下に、比較的高頻度に認められるマウスやラットの5つの感染症の病変と検査方法の一部を紹介します。

1. センダイウイルス感染

 免疫学的に正常なマウスやラットでは典型的は急性感染の経過をたどり、その病原性の強さと我が国での汚染状況から、特にマウスにとっては最も重要な病原体のひとつと認識されています。ウイルスは感染後2ないし5日で上部気道の上皮細胞、気管支上皮細胞や肺胞上皮細胞で増殖し、感染細胞を壊死・脱落させます。この時点から肺の充血や肝変化といった肉眼病変が見出され、気道からウイルス分離や感染細胞の抗原検出が容易にできる時期です。その後、脱落した上皮再生し、気管支上皮が再生細胞で置換される7ないし10日となるとウイルス分離や抗原検出は困難になります。そしてこの時期から血清抗体が検出されるようになります。感受性の高いマウス系統では10日から14日目くらいで死亡します。よって、診断は感染初期では肺の肝変化を主徴とする肉眼病変の検出、肺や気管からの発育鶏卵を用いたウイルス分離ならびに抗原や核酸の検出、感染後期では抗体検査が有力となります。マウス生産施設での汚染経験では、ウイルス侵入直後に哺乳親による食殺が多発し、その結果、離乳率がそれまで90%以上であったものが30%以下に低下したことがありました。

2. マウス肝炎ウイルス感染

 本ウイルスは世界中の実験用マウスで最も拡がっているウイルスです。センダイウイルスと同様に、急性の感染経過をたどると考えられていますが、我々を含む多くの検査機関での疫学的観察では、抗体陽性の個体であってもその一部で感染性のウイルスを排出しているものがいることを伺わせる症例に遭遇しています。感染後30日の糞便ではウイルスは分離されないが、PCRで核酸は検出されることがあるようです。本ウイルスは病原性を異にする多くの分離株が知られています。消化管に親和性を示す病原性の弱い株(すなわち普通のマウスでは臨床症状は認められず剖検によって病変も認められない)が世界中に拡がっています。それでも施設にウイルスが侵入した時には哺乳マウスの死亡が観察されます。これまでの診断方法の主体は回復期の動物の抗体検査でしたが、最近ではPCR法も有力となっています。この方法は感染個体の摘発が可能であることに加え、PCR産物の制限酵素による切断パターンの違いにより、株の特定もある程度可能となっています。 病理組織学的検索では、消化管粘膜上皮細胞や肝臓の壊死巣内部で合抱体性の巨細胞形成をみることがあります。

3. マイコプラズマ・プルモニス感染

 本病は典型的な慢性感染の経過をたどるマウス・ラットの感染症です。株による病原性の違いはありますが、病気の経過としては感染初期には化膿性気管支炎の病像を、数ヶ月後といった感染後期には気管支拡張症の病像を呈し、この間、上部気道からは持続して病原体が分離できるし、抗体も検出されます。病像ならびに経過からCARバチルス感染との類症鑑別が重要です。現在でもコンベンショナルラットで汚染が散見されています。感染した動物は極めて長期間に渡り病原体を保持するだけでなく排泄するため、汚染施設では積極的な対応をしない限り、汚染が持続します。検査方法は培養や抗体検査が一般的です。培養に際しては培地の調整が容易でないことと結果が出るまでに時間が掛かるという問題があります。

4. ティザー病

 ティザー菌感染の多くは不顕性感染に終始します。しかし、この不顕性感染動物に輸送や実験処置といったストレスが加わりますと発病という事態になることがあります。ティザー病は多様な病変を示します。症状は下痢、削痩や急死です。剖検によって腸管の肥厚、肝臓の巣状壊死や心臓にも大きな壊死巣の形成を観察することもあり、心臓病変陽性例では急死の経過をたどります。本菌は偏性細胞内寄生性で、本菌の培養は困難なので、診断には、病理組織学的検索 (銀染色) による細胞内桿菌の存在や抗原検査、PCR法や抗体検査が一般的です。どうも、哺乳中から離乳直後までの若齢動物で感受性が高いようです。これまで、我々はマウス・ラット・ウサギなどに加え、実験動物以外の動物種としてウマ・ウシの感染例を肝臓病変の病理組織学的検索ならびに病巣部や糞便材料のPCR法によって実施してきました。協同研究の経験では、鳥の脳の神経細胞内に多くの桿菌を見出す例に遭遇したが、菌分離、ラット株抗血清を用いた抗原検索、PCR法とも陰性であった例にも遭遇しています。本病原体のバリアントあるいは類似の他菌種があるのかもしれません。

5. ヘリコバクター・ヘパティカス感染

 主にマウスの感染症です。数週間といった比較的長い時間をかけて、肝臓に巣状壊死を作ります。系統によっては感染後1年以上の経過で肝細胞癌をみる場合もあるようです。免疫不全動物では肝病変に加え、大腸炎や脱肛をみることもあります。診断には、本菌の培養には特別な培養装置が必要で、時間も掛かること、特異的抗原の抽出が困難であることから、培養や抗体検査はあまり採用されておりません。診断には病巣部や糞便材料のPCR検査が常用されています。組織学的には銀染色によって、病巣部肝臓の毛細管胆管や大腸の陰窩で少し曲がった桿菌を検出することが可能です。ヘリコバクターについては実験動物から数多くの菌種が分離されておりますが、その中には病原性が確認されていないものもあります。マウスのヘリコバクターで病原性の最も高い菌種はこのヘパティカスです。

平成15年4月1日